頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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「盛る」と嘘。 #362

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・「盛る」というのは笑いの世界でよく使われる言葉だ。

なにかの話をするときに盛る、という言い方をする。状況やひとの行動を脚色して見せるために、事実より大げさに表現するのだ。その脚色によってただ事実を伝えるよりも、ひとの心を動かすことができる。

盛ることは、ごくふつうなことを伝える手段であり、コミュニケーションを面白くするために、しばしば使われる。今の世の中、話を盛るのはコメディアンだけではないし、いたって一般的なひとが円滑な人間関係を求めて使っている。

しかし「盛る」ことは、その話し手の裁量によって行われる。その程度が大きいとき、盛ることは嘘にかねない。嘘とは、客観的に推し量られる指標だ。それ故に相手によっては、自分が「盛ったと思うこと」を「嘘をついた」と認識されることだってある。

たとえば、通信教育の教材を売るとする。その教材によって、100点満点の英語テストの点数が平均19点アップするとよう。そのときにキリよく「平均20点アップ」と表現するのは嘘になるのだろうか。

主観的な感覚では「盛る」ということかもしれないが、ひとによっては「嘘をついた」と言うことだってある。しかしそのテストが1000点満点で、19点アップを「20点」と表記するときは、どうだろう。

ひとによっては、その程度によって「嘘」とは思わないことだってある。そんなふうに「盛る」と嘘はニアリイコールでもあるし、ノットイコールでもある。その認識はひとによって異なる。

盛るには少なからずリスペクトがあるが、嘘にはない。それに盛るは「主観的な判断」だし、嘘は「客観的な判断」だ。しかし仕事をする上で、盛ったつもりが「嘘」になったというのなら、いっそのこと盛ることは控えていたほうがいいなと思った。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。